韓国語版の『よつばと!』について。
タイトル | 요츠바랑! |
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出版社 | 대원씨아이 |
形式 | カバー |
サイズ | 180×128×15mm |
集めた数 | 13 |
タイトルは「ヨツバラン」と読む。
「요츠바」は「よつば」の音写。「랑」は「〜と(and)」の意味を持ち、他の言語と同じ解釈の翻訳になっている。
文化や言語が近いこともあり、韓国に翻訳された単行本は日本と同じ仕様であることが多い。『よつばと!』もそのひとつで、カバーや透明箔も再現されており、言語以外はほぼ日本と同じである。
とくに面白いのは、作中の書き文字などがすべて韓国語になっている点。セリフ以外の文字を変えるには絵の修正が必要になることから対応は国ごとにまちまちであり、例えば中国語繁体字(台湾版)では、一部のオノマトペが写植に書き換えられる程度に留まる。
そんななかで韓国語版は写植ではなく手書きを用いて変更を行っており、その対象は電柱の文字やまつりの屋台など多岐にわたる。韓国語は縦書きが可能なので比較的レイアウトの融通は効くのだと思われるが、ここまで置き換える方針の言語は少ない。
1巻の終盤のシーンで、よつばが「翻訳家とこんにゃくやを間違える」というものがある。これは日本語特有のシャレであるため、言語ごとに違いが出やすく面白い。
まずは日本語におけるやりとりから。
とーちゃん「んー?」「しごとー?」「翻訳家だよー」
よつば「こんにゃくや」
風香「へ?こんにゃく屋?」 出典:日本語版第1巻7話
続いて韓国語におけるやりとり。
とーちゃん「응ー?」「일ー?」「번역쟁이야.(翻訳家だよ)」
よつば「곤약쟁이.(こんにゃくや)」
風香「어? 곤약쟁이?(え?こんにゃく屋?)」 出典:韓国語版第1巻7話
驚いたことに、日本語ネタをキープしている。
「응ー?」「일ー?」は「んー?」「えー?」といった感嘆詞。
「번역쟁 / 이야」で「翻訳家/だよ」という意味で、
よつばのセリフの「곤약 / 쟁이.」は「こんにゃく/屋」となる。
発音が「ボニョ チェン/イヤ」→「ゴニャ/チェンイ」と似ており、
「だよ」をうまくつかって「屋」につなげているようだ。
ちなみに、このこんにゃく屋ネタは4巻のとあるシーンにも影響するので
ダジャレ翻訳ができていないと不都合があるのだが、国によっては諦めているところもある。
(これはまた別のページで)
よつばと序盤にはしばしばセミの名前が登場する。
韓国ではどう翻訳されているかについて紹介する。
ジャンボ「おーおめでとう あぶらぜみだ」
ジャンボ「クマゼミだ!クマは今日それ一匹だけだ!一番大きいぞ」
出典:日本語版第1巻
ジャンボ「오ー,축하해. 기름 매미야(あぶらぜみだ).」
ジャンボ「말매미다(クマゼミだ)! 말매미는 오늘 그거 한 마리 뿐이야! 제일 커.」
出典:韓国語版第1巻
セミは韓国にも生息しているためかストレートに訳されている。
興味深いのはアブラゼミで、一般的な表記は「유지매미(ユジメミ)」
※1
だが、ここでは「기름매미(ギルムメミ)」と訳されている。「기름(ギルム)」は「油」、「유지(ユジ)」は「油脂」といった意味で、由来は日本のアブラゼミと同じ。一応「기름」もアブラゼミを指して使われるらしい。(文化語(北朝鮮語))では「기름(ギルム)」の表記のようだ)
このシーンで「기름(ギルム)」と訳されている真意は分からないが、もしかしたら韓国におけるジャンボの年代ならばそちらのほうが一般的な呼び方なのかもしれない。
クマゼミのほうは「말매미(マルメミ)」と呼ばれており、意味としてはクマゼミなのだが韓国におけるクマゼミは厳密にはスジアカクマゼミを指す※2。スジアカクマゼミは主に朝鮮半島や中国大陸、台湾、インドシナ半島北部に生息する種※3※4で、日本で一般的に見られるクマゼミとは厳密には異なる。クマゼミは日本特産種であり日本以外では分布していないようだ※5。「말매미(マルメミ)」はセミの中でも大きいといった特徴は同じであるため、訳語としては適切だと思われる。
このように、日本と韓国は文化的にも環境的にも近いためか、比較的そのまま訳すことができているようだ。別ページで紹介するが、国によってはセミに馴染みが無かったり、認識されている種が少ないケースがあり、そうした国ではこの部分の翻訳に苦労の跡が見える。
よつばが「つくつくぼうしはセミではなく妖精」と勘違いするネタがある。日本語名「つくつくぼうし」がセミの名を冠しておらず、かつ呼び名が鳴き声に由来することによって成立するネタだが、国によっては「〇〇セミ」といった名前だったり、鳴き声と呼び名が異なるので翻訳が難しい箇所の一つである。
書き文字「つくつくぼーし」
よつば「つくつくぼーしがつくつくぼーしいってる」
とーちゃん「ああ つくつくぼーしだからな」 出典:日本語版第4巻
書き文字「쓰름쓰ㄹ~름(スルンスルーン)」
よつば「쓰름이가 쓰름쓰ㄹ~름 그래.(スルンがスルンスルーンいってる)」
とーちゃん「응,쓰름이?(え、スルンが?)」 出典:韓国語版第4巻
こちらもほぼ日本語版のネタをキープしている。
よつばが言及している「쓰름(スルン)」は「쓰름 매미(スルン メミ)」のことで、コマゼミを意味する※1。コマゼミは韓国やアジア全域に生息するツクツクボウシ属のセミだが日本に生息しておらず※2、鳴き方も日本のツクツクボウシとは結構異なる。
韓国にもツクツクボウシは生息しているものの、そちらは「애 매미(エ メミ)」と呼ばれ、鳴き声とは別の名付けになっているようだ※3。「쓰름 매미(スルン メミ)」は鳴き声の音写も「쓰름 쓰름(スルン スルン)」だそうで、日本で言えば「ミンミンゼミ」がミンミンと鳴く感覚に近いと思われる。
後に出てくるネタのために「名前と鳴き声が同じで、メミ(セミ)と呼ばなくても通じ、かつツクツクボウシの近縁種」であるコマゼミに置き換えられたのだろう。
かなりスマートな訳に感じる。